![]()
こういう方がいます・・・青年部会員の熱い思いを対談にしました。

対談者

馬場 龍 会長 橋本 幸治さん
( 青年部 ) ( 青年部 )
馬場龍+設計事務所GA-PLAN 主宰 有限会社 トヨハシ 代表取締役
平成18年度 吹田商工会議所青年部会長 平成18年6月入会

紙谷 正行さん レポーター
( シニア会員 ) 奥中 美香さん
株式会社 紙谷製作所 代表取締役 ( 青年部 )
キャリアA 代表
平成18年4月入会
吹田商工会議所 青年部 「シリーズ会員対談」 第一話
吹田商工会議所 青年部 「シリーズ会員対談」 第一話
奥中 はい、では本日は会員の皆様に集まっていただいて、様々なお話しを聞かせていただきたいと思っております。それでは自己紹介をお願いいたします。
橋本 はい、橋本と言います。江坂とちょっと緑地公園の間にあるんですがゴルフ練習場を経営しております。どうぞよろしくお願いします。
奥中 お願いします。馬場さん、よろしくお願いします。
馬場 ええ〜青年部の会長やらせていただいております馬場です。ええ〜仕事は建築の設計事務所をやっております。よろしくお願いします。
奥中 はい、紙谷さんよろしくお願いします。
紙谷 はい、今回はシニアを代表いたしまして第1回目の記念大会、あっ違うわ!記念?・・・?シリーズかいいんたいいんはんはんハハハハ。(会場 大笑い ワッハッハッハッ)第1回のええ〜シリーズ会員対談でよろしいのかな。に呼んでいただきました。一つよろしくお願いいたします。
馬場 緊張して!
紙谷 はい
馬場 リラックスして!
紙谷 ゴメンネ
橋本 名前をおっしゃっていませんよ? (会場 大爆笑 ワッハッハッハッ)
紙谷 すいません、今回シニアを代表いたしまし参加させていただきました紙谷といいます。ええ〜第1回目ということで凄い、緊張しております。どうぞよろしくお願いします。しまった、また、かんでしまった。
奥中 はい、レポーターを担当致します奥中と申します。研修の企画運営をさせていただいております。皆さんよろしくお願いとします。
紙谷 馬場、橋本 よろしくお願いします、
奥中 それでは早速ですけれども、最初に皆様の趣味をお聞きしたいと思っております。では、馬場さんいかがでしょうか?
馬場 トップバッターなんですけどもね、私の趣味、大変難しい質問ですね!ええ~皆さんご趣味いろいろあるかと思うんですけども、皆さんが持っておられるそういう高尚な趣味は、私あんまりありませんで、どちらかといいますと世間一般で広くいきわたっている、まっ、お料理、を趣味にさせていただいております。まっ、あの〜家内の料理が下手というわけでないんですけども料理を作りながらお酒を飲む、これが楽しいですね、ですから毎日、夜の6時なりますと、1時間半をかけまして料理をつくると!これが私の趣味ですね。
紙谷 それは、すばらしいですね。
馬場 でしょう。
紙谷 何がなんだか?
馬場 まっ、これが私の趣味でございます。
奥中 ありがとうございます。あの〜わたしも〜
紙谷 どうですか?
奥中 ぜひ、こういう方とほんとにね、あの〜巡り会えたら良かったのにと、後悔しております。ハハハ、では続いて橋本さんいかがでしょうか。
橋本 はい、あの〜私、身体こうして大きいんで、スポーツが大好きなんですけどね、ゴルフは昔からずっとやっていまして今もゴルフを続けておるんですけども、ゴルフとは別で子供が今中学2年生なんですけど、すごく大きくなってきまして、今ラグビーをやっておるんですけど、この間実は、靴を買いに行ったら、子供が28.5で自分が28で負けたなと思って、それはどうでもいいんですけどもね、まっ、ラグビーを最近、観るのがすごい楽しくて、観てますと、ラグビーグッズって凄いカッコイイんですね。ブレザー1つとってもジャンバー一つとっても・・・、そんなジャンバーとかブレザーを、着たりして買ったりするのが、今は、一番凝っている言うたら凝ってることですかね。
奥中 ありがとうございます。
橋本 有難うございます。
奥中 それでは最後に、紙谷さん、いかがでしょうか?
紙谷 はい、私は趣味というよりも、え〜才能がありすぎまして、ボーリング、ゴルフ、卓球、ピンポン・・いろいろ
橋本 (卓球とピンポンは)いっしょやがな(笑)
紙谷 すいません、えっ〜と、他に何言うたっけな!あっ、今ちょっと野球をやっています!でもあの~、ただね、色々なことをする人は、何1つ、人より秀でたものが無く、ただ、参加してやっているだけで、あまりたいしたことはありません。
馬場 球を扱うのが好きなんですね?
紙谷 何ですって?
馬場 球を扱うスポーツが好きなんですね?
紙谷 一応そうですね。大体、男なんで、はい!
奥中(笑いながら)ありがとうございます。
紙谷 あと1つだけ、それと、やはり先ほど言われました馬場さんのとこに、ちょっと関係があるんですけども、私は逆に、食べに行くのが好きで、ですから、多分、江坂の店は、居酒屋から、何からほとんど行っています。先日もインターネット見たんですけど、江坂の店舗がずっ〜と何十軒と出ておるんですけどね、ほとんどやっぱり・・・
奥中 行かれたんですね、
紙谷 そのかわり、これといった店は無いですけど(会場 笑い ウフッフッ)
奥中 はいありがとうございます。それでは、続いてお聞きしたいことなんですが、話は急に変わるのですが、青年部に入会してブラスになったことをお聞きしたいと思います。馬場さんいかがでしょうか?
馬場 はい、ええ〜そうですね、まじめな答えをいいますと・・・
奥中 まじめな答え?
馬場 いろんな方と知り合えたというのが、まず第一、大きな財産だろうな、思います。ええ~まっ、ひとつ外れますと、やっぱり、こういう紙谷さんとかですね、こういうユニークな方と知り合える、んでまた、いろいろと、ええ〜吉本の入り方とか、ということも教えていただけますし、ええ〜まぁ、まだまだ紙谷さんには追いつけませんけども、(紙谷 笑 ハハハハハ)私は、まっ、紙谷さんを指しておるんですが(紙谷 笑 ハハハハハ)中々、足元にも及びません。そんなふうなことでございます。はい!
奥中 はいありがとうございます。
紙谷 それ今のコメントになってないのちゃう?
奥中 いえ、勉強になりました。いろんな方と知り合えるというのが、答えなんですよね!
紙谷 橋本さんのコメントが楽しみやな(会場 笑い)
奥中 はいそれでは橋本さんいかがでしょうか?
橋本 私、この6月に入会せてもらったんで、ほんとに青年部のこと何もわからないんですよ。プラスになったことも、あんまし実は無いんですよ、まだ。だから、これからここで、こういう事、得たいなって思うところを
簡単に、言わせもらおうかなと!もちろん、人との出会いとか、紙谷さんのように、夜の会での楽しみ方とか、そういうことを教えてもらうのは1番。(紙谷 なんでやねん)なんですけども、それ以上にですね、あの〜吹田の中で、なんか、なんて言うんかな吹田独自のもんをね、探したいなぁと思うんですわ。あの〜、いろんな田舎、いろんな地方とかに行くとね、ここのこれっていいな、これが吹田にあったらいいなと思うんですけどね。あの、吹田になんか私、特色があんまし感じられないんで、そういうのを見つける、ある意味仲間が、この中で探せれたらなあと思っております。すいません。固くなりまして!
奥中 いえいえ、吹田といえばこれってという街?
橋本 イコールがあまり感じられない。
紙谷 例えば、お菓子でも何でもそうなんですが、そういう、なんか、吹田といえば、パッとこういうようなイメージできるもの?じゃなくて?
橋本 いや、今例えば、太陽の塔とかね、あるんですけど、あの〜イコール?だから、例えば、田舎とかどっかに、友達のとこに遊びに行く時に、吹田のおみやげこれやねんって、持っていくもんが・・・
紙谷 ないもんね
馬場 それは今吹田名物として、考えつつありますので、ぜひ参加してください。
橋本 有難うございます。
紙谷 吹田の産業フェアで、いいと思います。(会場 笑い ハハハハ)
奥中 それ・で・は最後に、紙谷さんよろしくお願いします。
紙谷 え〜とね、私の場合は、ええ〜入会させていただいて、次の次の年でしたっけ、大阪で青年部の全国大会があるということで、出向をかねて、府連の方に寄せていただいたんですけども、結局あの時は、10単会、たぶんあったんですね?
馬場 はい。
紙谷 10単会で、大阪のなみはやドームで、守口・門真が主幹で、全国から最後の人で5,000名を超えましたかね。その大きな大会をさせていただいたというのが、まず最初に1つの大きな思いで、また長嶋さんに基調講演に来ていただいたというのも凄い、いい思いで。それであの時に、やはり、吹田が何か最初にこうみんなで集まってできたというような、かな?と思ったんですが、また、次の次の年に今度は、吹田で近畿ブロック大会をやるということになって、でぇ~、全国大会が終わった後で、私、府連に出向してたもんで、吹田さんでやっていただけないかって言われ時に、すぐ、役員会に持って帰ったんですけども、もう真っ先に全国大会が終わったところで、みんながくたくたで、誰ひとり反対?反対じゃないわ?賛成してくれなくて、でも、やはり、同じかかわりを持ってこういう会に入っているもんですから、やはり性格的なものもありまして、吹田にできない、他のとこはできるのは私すごく嫌で、どうしてもやりたくて、先に、会員の方には内緒で、事務局の方、会長の方から上から、トップダウンしまして、予算等々、全部、これぐらいいるからということでお願いして、それでまた先輩にも出ていただいて、現会員さんの方に、近ブロやるという、一つの意思統一ができたと。でも結果的に、全国大会より、近畿ブロック大会をした時の方が、やはり吹田で、ほんとみんな、イベントから、分科会から、全部吹田で、企画立案したもんで、凄い、大変だったですけど、ほんとにひとつになれた、会員がひとつになった。だから次何かまた吹田にも、そういう、1つの、また何か目的を持ってやってほしいということで、私は、1つのことを提案したんですけども、まぁ〜みんなに拒否されたんですけども、・・・よかったら聴いて・・・・
馬場 どんな、提案でしたですかね?
紙谷 太陽の塔に、もう1度サーチライトつけて、大坂城あたりまで照らしたいなと!これ多分ね、あの時JC(青年会議所)さんがされて、全国から、多分あれ、新聞にも載りましたから!私あれ、サーチライトつけるのにね、1億円あったらできるといわれたんです。だから新聞なり広告を出してやれば、1億円ぜったい集まったと思うんですわ。それをあと、ええ〜何でしたっけ?独立行政法人の万博のほうに、
あとの管理運営をまかしたらね、もっとむこうも運営も楽になるし、と、おもたんですけど、それが唯一のあれやってほしかったなぁ、と、思ってね。もう吹田で、ん〜ん〜全国大会、近畿ブロック大会で、やはり皆さん疲れてたと思うんですよ。それで、次の目標がなくなってしまったんで!でも、まっ、今いろいろ、企画していただいて、また今回こういう、青年部始まって以来のね、楽しい企画もありますので、まっ、逆に頑張っていただいているなと、思って、喜んでおるんですけれども!なかなか、シニアとしてはいい意見を(ハハハ)
奥中 (笑いながら)はい〜、でも、熱い意見を聞かせていただいて、感銘を受けております。はい、あの〜感銘を受けているところですけども、次の質問に移っていきたいと思います。はい、続いてではですね、吹田の歩みについて、ご存じのことを、お聞きしていきたいと思います。吹田の歩みついて、馬場さん、いかがでしょうか?
馬場 はい、え〜とね、実は私、あの〜吹田生まれでないんですよね、私が吹田に来ましたのは、今から20年前でして。それまでずっと田舎におったんですけども。あの吹田に、ついて知ってますのは万博のことしかないです。ちょうど私中学1年生のときに、万国博覧会がありまして、そういいますと歳がバレバレなんですけども、あのとにかく吹田といいますと万博というイメージが、すごく強くてですね、ええ〜、まっ、たまたま、働き出したところが、大阪市内だったもんで、住むとこを探すのに、たまたま、吹田、というところを見つけただけのことであって、どうしても吹田に行きたかったというわけではなかったんです。ただ、吹田に住んでみますと、まっ非常に鉄道も他の市に比べますと、阪急とおり、JRとおり、地下鉄とおりと、非常に交通の便もいいということで、大変住みやすい街だなあという印象は受けました。で、吹田の歩み、ですから吹田の歩みについて、知っていることという質問されますとですね、あまりよくわからないというところが、正直なところ、・・・ということです。
奥中 はい、ありがとうございます。はい、では、あの続いて、吹田の歩みについて橋本さんいかがでしょうか?
橋本 あの〜私は、逆に生まれたときから、ず〜と吹田なんですよね。生まれが江坂なんですけど、本当に昔、僕が小さかったころ本当に、何にも無くて田んぼばっかしやったんですね。あのみんなで北のほうに行ったら竹薮ばっかしで、変わったのはやっぱり万博なんですよね。万博の時に、ちょうど、北側の竹薮が全部開かれて、地方からバスが来ますよね、バスの休憩所で、駐車場をすごい開発したらしいです。私5歳の時であんまし覚えてないんですけども、広っぱでずっと遊んでたことだけ覚えてるんですけども、そのおかげで今、江坂町5丁目とか、うちのゴルフセンター、あの辺とかは、ずっと開発されてきて、マンションとかいっぱい建っておるんですけども。で、あの〜歩みっていうと、僕ら小学校の時に吹田、私たちの吹田といって、小学校1年生か2年生のときに勉強するですね、その時私印象残ってたんが、あの〜豊津村、私が住んでる豊津村なんですけども、豊能郡豊津村言うたんですけども、豊津村と江坂村というのは、本来は豊中市に、豊能郡ですね。やねんけども、農業の水の関係ですかね、水を神崎川からもらってる関係で、吹田村とひっついたんや。もしかしたら豊中市やったかもしれん。だから、こんな格好してんねんで、というのを当時の先生に教えてもらったようなんが覚えてるんです。だから、吹田やけども地区は、豊中かなあ、ちょっとその当時は、豊中っていう声の方が、凄い、自分らは、上品に、聞こえたですよ。今は吹田の方が上品に聞こえるんですけども、当時は豊中の方が、上品に聞こえたんで、まぁ~豊中みたいなもんやねん、と、中学生の時に言ってたのをひとつ覚えてるのと、それともう1個は、あの〜万博の時に、ちょうど私が5歳やったんですけど開会式の時に、ちょうど幼稚園、たぶん、市内の幼稚園、全部が行ったと思うんですけど、お祭り広場でね、開会式で踊ったんですよ。それが・・・・
紙谷 行きはったんですか?
橋本 行きました。それ〜、それぐらいが、凄い、吹田の中の、歴史の中で覚えてることです。はい!
紙谷 5歳、えらいね、それだけ覚えてるのは。
橋本 それは、5歳のときは、これだけでしたから、次は小学校2年生です。
奥中 ありがとうございます。実は私も子供のころ吹田に住んでおりましたが、全く記憶はございません。(会場 笑いハハハハハ)。申し訳ないです。はい、でわ、あの紙谷さんはいかがでしょうか?
紙谷 はい私もずっと、吹田の江坂に住んでおりまして、あの〜やはり江坂駅があって、それで今、阪急の吹田駅があって、JR吹田駅があって、北南の交通ルートはいいんですけど、東西というんですが、これがあまり交通手段が無い。これが1番吹田の悩みですね?・・・終わります!
奥中 (笑いながら)、はいありがとうございます。
紙谷 あっ、ごめん、吹田の歩みやったね、ゴメン
奥中 歩みなんです・・・・なやみじゃないです。(奥中さん バカウケ)
紙谷 ゴメン、吹田の悩みについて言ってしまいました。えっと、私もやっぱり、万博、1970年の万博のときでして、やはり1番思い出ありまして、橋本さんはまだ5歳だと言われたんですけど、私は中学か高校ぐらいだったかな、ですから、田んぼがずっと、あの〜高速道路をその橋脚っていうか、工事が始まって、橋脚っていうより山がぐっと切り開かれて、こんなとこ道が出きてどないなんのかなと!だから工事中によくあの〜まだ、車の走ってない時によく上まで上がってね、遊んだ記憶があるんですよ。田んぼの真ん中の本当にあれがド〜ンとあるんですから。今で見るとやっぱり、考えられないような本当にあぜ道ばっかり、田んぼばっかり、畑ばっかり、私、学校行く時に豊津小学校だったんですけども、家から学校が田んぼ続きで見えるというような、そういう立地条件が良かったもんでね。だから、よく、あの〜遊んだという記憶があるのと、それと、橋本さんが、先ほどおっしゃったように、中で、あの〜開会の時の、私また逆に一ついい思い出がありまして、ちょっと朝の早くに友達と万博行ったんですけどね。どこでどう間違ったか分からないんですけど、ちょっと万博の中を、オートバイで走り回ってしまいまして、警備員に追いかけられて外へ出た、という記憶があります。たぶん私だけじゃないなと、あの中をオートバイで走り回ったのは、そういう楽しい思い出があります。
馬場 吹田の歩みついて!
紙谷 だから、吹田も〜、あっ吹田の歩みね、ですからやっぱり、あの、万博というか、
江坂駅ができまして、やはり、なんか吹田もなんか一変したじゃないかと思いますね、あれが今は、言い方が悪いですけども、本当に、JR吹田も、すぐ近くの阪急吹田も、ちょっとどちらかというと昔。特にJR吹田は、ちょっと寂しいような、う〜ん感じがするんで。ほんで、この前も行政の方と、ちょっと雑談の中で、お話ししたんですけども、こんなんいらんこと言ったらいけないなぁ。例えば吹田のね駅前に、あのもっと、こうどういったらいいんですか、若者が集まるような大きな施設が!ああいうところに消防署を作るんでは無くて、そういうのを作ってくれたらね。ですから、私、以前に京都へ行って、どこで降りようかな思ったら、新大阪で降りますよ。何故かというと、JR吹田は7時をまわると、ほとんど開いて無いんですよ、行く店が。だから、行政が町づくり町づくりとよく言っておられるんですが?吹田のまちづくり、だから、今度はその操車場跡地がどうなんのかなぁ思って、それがちょっと、歩み、今後の歩みがちょっと気にかかるところですね。
馬場 そうですね
奥中 今後の歩みついて、そのあたりを皆さんで考えていきたいと、思います。
紙谷 ですからやっぱり、あの〜会議所のほうでもいろいろそういうあれで、町づくり町づくりで、いろいろ提案されてるみたいですけども、やはりJR吹田駅前の・・・もう少し元気になって欲しいですね、はい!
橋本 吹田って、でも一番最初が多いんですよね、あの千里山が総合まちづくりを日本で初めてやったり!千里ニュ―タウンが総合大規模ニュータウンの、初めてであったり!まっ、万博も、日本で初めてですよねえ。結構そう先駆的なことやってるんですけどもね。ここへきてなんか時代遅れになっておるんですね。
奥中 はい、ありがとうございます。では、続いて話が変わりますけども、皆様が紹介できる吹田の企業や、お店、お気に入りのお店とか、ぜひ、紹介したい企業についてお聞きしたいと思います。馬場さん、いかがでしょうか?
馬場 んんん。紹介できる吹田の企業ですか?それ、それでしたら、自分とこの事務所なんですけどもね、それを言ってしまうとあきませんので!吹田の中で1つ私推薦できる、ひとつ好きな企業っていうのは、月並みですけどね、東急ハンズ。これはある意味すばらしいなぁと思いますので。江坂が開けていったのは、ひとつ東急ハンズがあったおかげですし、やはり、あの店は、いろんなものが揃っていますけども、揃うにしても、定員自ら、いろんなものを探してきて、その中で売っていくという、新しいスタイルを持っているので、その辺が斬新な感じがしますね。それとは逆にね、ちょっと質問の趣旨からはずれるんですけども、千里中央という街があるんですけどもね、千里中央の街そのものが、先ほど橋本さんが言われましたけども、何か知らんけども人があまり集まらない、という性質あるかと思うんです。それは、何でかということをよくよく考えてみますと、あそこになんかこう〜、界隈が少ないということがあるんでね。界隈が無いということは、裏道とかね、路地とか、そういうその〜アウトロー的な人間がヒョロヒョロっと入るような道が、一切ありませんからね。やはり千里中央をというのは、人が集まってくるんだけども、あんまり、魅力的な街ということでは無い。ですから、そういう意味では、吹田のむしろ駅前とかは、JRの駅前とかあるいは、もっともっとこうローカルのところの町のそういうところの企業さんがもっともっと力を入れてやっていただいたら、もっともっと発展するじゃないかなあと、いうふうに思いますね。そういう意味では千里ニュータウンの町づくりは、私は失敗やったと思っています。(会場 笑い ハハハハ)
橋本 するどい、厳しい
奥中 ありがとうございます。はい、それではあの〜厳しいご指摘でも結構ですので、紹介できる企業とかを、お気に入りのお店がありましたら、橋本さんお願いいたします。
橋本 普段、食べに行ったりする店でいいんですよね?
奥中 そうです、はい。
橋本 僕、お昼はね、佐井寺にあります旬菜山崎、っていう日本料理のカウンターだけの店なんですけども、1,000円ぐらいのランチが、非常においしいんですよ。もともとそこのマスターのお父さんが、江坂大池小学校で、校長されてまして、凄い、呑ん兵衛の先生やったんですけども、その先生が、引退されて、遊びに行った時に、息子さんがそこでお店やってんねん、ということで行ったら、これがまたおいしくて、本当に、月に1回ぐらいなんですけど、行くんですけど、行くたびにやっぱりお客さんで一杯なんですよ。それがね、お母さん連中ばっかしなんですわ!
紙谷 そんで喜んで行ってるん?
橋本 いえいえ、喜んで行ってません。いやいや、ほんとにね、カウンターだけで、11時オープンなんですけども、最初の入れ替わりが1時ぐらいなんですよ。お母さん方は座られて、食べられたら、もっ、2時間ぐらい座っておられるんですよ。それだけなんですよ。ほんとに行って僕はそこで、うなぎまぶしをいつも食べるんですけども、ウナギまぶしとか、和風コロッケとかがほんとにおいしいお店で、それで1000円。非常にお得でおいしい店で、それが一軒と、それで、夜中に、ウロチョロするのは、江坂のロンシャンというお店なんですけども、井上病院に向かいにあるんですけど、あそこは夜中の、大体、あそこに飲みに行きますと、大体気が付いたら、朝になってるという感じが多いんですけども、あそこのナポリタンは、おいしいですよ。ナポリタンとお好み焼きがおいしいですよ。
紙谷 お こ の み や き〜
橋本 夜中の2時、3時に食べるナポリタン、お好み焼き。これきっとお昼に飲んで食べてもおいしくないと思うんですけども、きっと2時、3時に、お酒を飲みながら、ちょっと小腹が空いたなぁという時に食う、ナポリタン、それからお好み焼き、これがほんともう抜群です。
奥中 抜群ですか?
橋本 これが、お勧めです。
奥中 ありがとうございます。あの〜私じゃお昼の方に、じゃあぜひ!
橋本 お昼は、たいしたこと無いと思いますよ!(笑)
奥中 お昼は、じゃ〜別のところに行かせていただきます。それでは、紙谷さんいかがでしょうか、
紙谷 はい、私も紹介できるかどうか?私もほとんど今は、行くところ決まってしまってるんでね。
奥中 行きつけのお店が?
紙谷 じゃなくて、行くところ、おいしいなぁと思うと、なんや行ってしまうんですよ。結局飽きてしまうから、その中で、より・・・・何がいいです?例えば江坂で、例えば焼肉ったらどこどことか、そういう決まったとことか、おすし屋さんやったらどこどことか、そういうのをやったら言えるんですよ。言えるんですけども、こ・れ・っていう店はね・・・?
奥中 ウッフッフッ
紙谷 だんだん、だからもう、お好み焼きやったら、こことかね!
奥中 食べ尽くして・・・
紙谷 いや尽くしていうかね、やっぱり、こ〜、行って、まだあそこだったらまだ行ってもいいなという店、残ってますけども!だから一軒の焼肉屋さんは、もう30年程行ってます。
奥中 どちらの、お店で?
紙谷、言えません!
奥中 ハッハッハッ
奥中 じゃ〜わかりました。で、紹介しても支障がないお店は?
紙谷、ええ〜それは江坂のキャバクラの店で、それはカットしてね、カット!
馬場 逆にあの〜江坂にね、江坂というか吹田にね、もっとほしい店があるんですわ。それは何かと言うと、本屋さんが無いんです。
紙谷 ウッソー、
馬場 江坂の駅前にも本屋さんはあるんですけども、まえ、あのえ〜と、どこやったかな?
橋本 アシーネ
馬場 アシーネ、アシーネの中に専門店があったんだったんですけども、それが無くなってしまいまして、今、東急ハンズの横の、かわちーの横の本屋さん、あそこが1番大きいぐらいですかね、ですから、仕事柄、ちょっと本を買いに行きたいなと思う時にですね、わざわざ、梅田まで行かないかんと、そういう意味では、もっともっと大型の書店が、もっと専門的な、あの〜本が置いてある書店がですね、江坂の近辺とか吹田近辺にあればいいなというふうに、思いますね。急にまじめな話をしてしまいました。
紙谷 私は映画館がほしいですね。
馬場 あっ、映画館!
紙谷 映画館がほしいですね、やっぱりね。今、箕面にも茨木にもできたんで、まぁ、梅田に出ることは無いんですけど、やっぱり、江坂に映画館が一軒あったらなぁと思いますね。
馬場 そうですね、それは思いますね。
紙谷、複合施設で、ど〜んと、あの〜この前、南にできた、お・お・い でしたっけ?
おおいちゃう?なんでしたっけ?
橋本 ○I○I(丸井)
奥中 ○I○I(丸井)、○I○I(丸井)です。
紙谷、カットしておいてね、(会場 大笑い、ワッハッハッハッ)
奥中 ○I○I(丸井)です。南にできましたね、大型店舗が!はい
紙谷 丸井、俗に お・お・い とも言うんですが、あれ丸井と読むんです。
奥中 (笑いながら)、そうですね、そんな色々と、はい、
紙谷 だから、ああいう店が江坂にどんと、できましたらね
奥谷 若い人が集まりますね。
紙谷 ちょっとやはり、江坂は、ちょっと昔から言われたですよね、代々木ゼミとかできましたが、あの、予備校生とか若い子は、たくさん集まるんで、ですから、江坂も最初は、結構そこそこ値段とる店があったんですよね、ほんとに、例えば、1回行くと、7000円、8000円、10000円もする店もそこそこあったんですよ。でも結局は若者が多いので高級志向でいくと・・・
奥中 つぶれてしまうんですね、
馬場 それ夜の話ですか?
紙谷 食事、食事、だからだいたい高くても四〜五千円で納まるような、う~ん、店が多くてなってしまって、居酒屋さん的な、んん〜ん、まっ、行けば使うところもありますけどね、はい!
馬場 ただ、まっ、江坂はやっぱり他の街に比べますと、その、土地代が高いですから、それにその店の、あれがついていかないんですよねえ。ですから、も〜すごく、回転が早いというのがちょっと難点ですけどもで、ですからもっと、こう、定着するようだシステムみたいなものが、作っていけたら、もっともっと江坂の街も、発展しいくのかなあという風に思いますけどもね、
奥中 はい、
紙谷 そういうのいかがです?
奥中 はいそうですね、あの〜私ですか?あの〜、いや江坂に住んでおりませんので、あの〜よくわからないのが・・・、ちょっと申し訳ないんですが、あまりこのあたり詳しくないっていうのが本当のところで、聞きながら勉強してるんです。
馬場 だってね、大阪の淀屋橋とかあの辺行きますと、お昼のランチなんか、600円で十分、食べられますよね
奥中 無いんですかこちらは?
馬場 でも、江坂で、うどん一杯で800円っていうところがあるんですよね、
橋本 それは高いですね
馬場 とてもじゃないけど、普通のサラリーマンではね、ついていけないわけですよね。
紙谷 吉野家は行かないの、吉野家は?
馬場 吉野家はね〜
紙谷 行かないの?
馬場 行きますね。
紙谷 行かれますか、江坂では、すき・・すきや?すんませんな、なにやでしたっけ?
橋本 なか卯。すき家もありますけど。
奥中 あそこらで、また、ああいうのと違った、例えばちょっとしたイタ飯屋さんでも
800円とか
紙谷 そうやね、
奥中 あの、コーヒーとデザートがついて、800円ぐらいのが無いと若い人はなかなか・・・そういうところがあまり無いんでよすね
橋本 お昼、あまり、食べるところがない、ていうか、ここに食べに行きたいというお店があまりないですね。だから、誰か来て、お昼食べたいねんけれど、どこがええんやろう?どこでもええんちゃう?
紙谷 (ハッハッハッ) いう感じになってしまう、
橋本 いう感じになってしまいますね。
馬場 食べるとこ無いですね。
橋本 食べるとことかはたくさんあんねんけど、ここやというとこがないんですね、
奥中 ちょっと高めなんですね?
橋本 高め、ですかね
紙谷 車どこそこ、車だったら、車はどこそこおいて食べにいかなあかん!
橋本 まあそうですね
紙谷 むずかしいとこでんなぁ
奥中 はい、ありがとうございます。もう少し、はい、吹田の勉強もしてから、はい、レポートします。ではあの〜最後になりますけども、皆様の宝物についてお聞きしたいと思います。ちょっと難しいし質問ですが、馬場さんいかがでしょうか?
馬場 そうですね、難しいし質問ですね。
奥谷 はい、宝物です。
馬場 まぁ、会長の立場とすれば、青年部の会員と言いたいところですが、そんな気持ちはさらさらと、ありませんので・・・(会場大笑い、ワッハッハッハッ)
紙谷 嘘でも言ってほしかったなあ、
奥中 そうですよね
馬場 宝物っていえばやっぱり月並みですけども、自分の家族もそうですし、それとですね、もうひとつ大事にしてることは、やはり自分の気持ちですね。とにかく、偽らない、偽らないでやっていく、ほんで、自分のやりたいことはとにかくやろうと、これが私の、一番大事にしているところでしょうかね。はい、以上です。
奥中 ありがとうございました。それでは同じく、宝物ということで、橋本さんの宝物は何でしょうか。
橋本 私ね、宝物って、まっ、子供とかね、家族とかいうのは普通には宝物なんですけれど、じゃぁ、宝物ってなんやろうとか、集めてたんってなんやろうって、無いんですよ。まったく無いですね。そやから時間も宝物やし、大事にしてるもん言うたらゴルフクラブやし、車もやし、家もやし、凄い、大切にしてるけど、それが、じゃ〜宝物かといえば、宝物じゃないんです。唯一宝物って言えるとしたら、ずっと、まだ置いてんのは、1番下の娘が、5歳の時にくれた、「何でもいうこときく券」ですね。これを、私は、子供が、娘が結婚する時に、アカン言うてだそうかな、と思っています。(紙谷 笑い ハッハッハッ)そのために、これを宝物にしてるのだけが、宝物っていうか、もうずっと・・・
紙谷 大事に持ってるんやね
橋本 どこにいても、あそこにあるというのがわかるっていうのが、それだけです。そのほかのやつは、たぶんあの引き出しかなぁ、とか。けど、その切れ端1枚だけは、あの〜、どこどこの何ページ目と何ページ目の間に入ってるまでわかります。
奥中 隠してるんですね
橋本 それが宝物です。
奥中 はい、ありがとうございます。娘さんも大きくなって、それを知ったら・・・
橋本 いい人やったらいいんですけども、僕みたいに。僕みたいにいい人やったらいいんですけど、例えば、紙谷さんとか・・・
紙谷 馬場さんもや!
橋本 馬場さんとか・・・
馬場 おお〜い、(馬場 机をたたく ドーン)
橋本 突っ込むとこですからね・・・
奥中 何でやねんって。はい、分かりました。ありがとうございます。はい、では最後になりますが、紙谷さんの宝物は何でしょうか?
紙谷 はい、私もね、あの〜これちょっとあの思てたんですけど、宝物って、今、橋本さんがおっしゃったように、私、自分が、生きていく上で、身体もそうですし、やっぱり、みんな宝物かなぁと。ですから強いて、もうね、皆さん言われてますけども、家族とか、子供とかいうのは、これはもう言わなくともあのほんと宝物なんで!あえて何が宝物っていうたら、やっぱり、いつどうなるか分からないですけども、健康な今の自分ですかね。
(馬場さん橋本さんがクスクス笑う)
奥中 なんでそこで、笑うんですか?
紙谷 体がなくなったら何もできなくなってしまうから。よく言われるんです、元気やなあ〜、これが1番のあれかなあと思ってね。やはり、1年でも、長生きしたいな〜と思ってるんです。
奥中 (笑いながら)はい、ありがとうございます。はい、皆様ありがとうございました。
紙谷 もし、宝物ありましたら言ってくださいね?
奥中 あの〜私自身ですね、皆さんの話を聞いて、本当に、レポーターというよりは、今回勉強させていただいたり、感銘を受けたり、感動したりさせていただきましたので、今のこの時間と気持ちが、宝物になりました。
馬場 うまい、うまいこと占めましたなあ
橋本 うまい、
紙谷 最後うまく占めていただいてね、さっきからおとなしいと思ってたら、それを考えてたんやね!
奥中 本日は皆様、本当に、お忙しいところ、ありがとうございました。
橋本、馬場、紙谷 有難うございました。